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ノキア シニア・テクノロジー・エキスパート 野地真樹/テクノロジー統括部長 柳橋達也

今後のIoT無線技術の本命「NB-IoT」の底力とは

2016.04.28

Updated by Naohisa Iwamoto on April 28, 2016, 16:45 pm JST Sponsored by NOKIA

IoTでの利用を想定した無線通信方式として、既存のLTEを拡張した「NB-IoT」(Narrow Band IoT)が表舞台に名乗りを上げてきました。2016年2月に開催された世界最大級の通信業界のイベント「Mobile World Congress 2016」でも、NB-IoTの話題や展示が多くありました。IoT向けの無線通信方式としてNB-IoTが注目される理由と、今後の展開について、ノキアでシニア・テクノロジー・エキスパートを務める野地真樹さんと、テクノロジー統括部長を務める柳橋達也さんに、やさしく解説してもらいました。

▼ノキア シニア・テクノロジー・エキスパートの野地真樹さん(左)と、テクノロジー統括部長の柳橋達也さん(右)
ノキア シニア・テクノロジー・エキスパート 野地真樹/テクノロジー統括部長 柳橋達也

あらゆるモノがネットワークにつながるIoT(モノのインターネット)社会を実現するには、モノとインターネットをつなぐ「回線」が不可欠です。膨大な量のモノを接続するのですから、各種のセンサーなどすべてに有線のネットワークを配線することは不可能です。そこで、LTEなどのモバイルブロードバンドやWi-Fi、Bluetoothといった無線通信を利用してIoTデバイスをネットワークに接続することが考えられます。

こうした状況についてノキアの野地真樹さんは、「IoT向けの無線通信技術がいろいろと登場してきています。IoT向けの無線通信では、センサーなどの単純なデバイスも対象になるため、端末が電池交換なしに10年以上動き続けるという要件があります。その上で、IoTではあらゆるモノがネットワークにつながることを想定しています。センサーは畑の地中に埋められていることもありますし、自動車や自転車に付けたデバイスは、地下の駐車場に停められることもあるため、つながるカバレッジを広げる必要があります。低消費電力で広いカバレッジを持つことをLPWA(Low Power Wide Area)と呼び、このLPWAをLTEでサポートしていこうという動きは以前から標準化組織の3GPPの中でもありましたが、より議論が活発になってきたのが2015年のことです」と説明します。

LPWAの性能を確保した上で、低コストでIoTデバイスを作る必要があり、難しい複数の条件を求められるのが、IoT向け無線通信というわけです。これらのIoT向けの要件は5G(第5世代移動通信方式)での実現が検討されていますが、3GPPではLTEを拡張して対応することで、いち早くIoT普及への要望に応える考えです。

スループットを犠牲にしてIoTに特化したNB-IoT

3GPPでは、「リリース」というくくりで移動通信方式の標準化を進めています。リリース8以降がLTEで、リリース12、リリース13ではLTE-Advancedの拡張を進め、リリース14以降では5Gの標準化を行います。IoT向けにLPWA性能を持ったLTEの規格は、どのような経緯で作られているのでしょうか。

▼3GPPのLTEにおけるIoT向けの通信規格。リリース13の「Cat.M1」が「LTE-M(eMTC)」、「Cat.M2(仮称)」が「NB-IoT」で利用する端末の規格に相当する
3GPPのLTEにおけるIoT向けの通信規格。リリース13の「Cat.M1」が「LTE-M(eMTC)」、「Cat.M2(仮称)」が「NB-IoT」で利用する端末の規格に相当する

野地さんはこう説明します。「リリース8のLTEは、フルに使うと下り最大150Mbpsの高速大容量のモバイルブロードバンド通信が可能です(端末カテゴリーはCat.4)。しかし、データ量や頻度が少なく、スループットは求められないといったIoTの通信用途とは対極にあります。リリース8でも、実は通信速度を最大10Mbpsに絞った端末カテゴリーが定義されていました(Cat.1)。しかし、端末コストに直接的な影響を及ぼすモデムの複雑性は、150MbpsのLTEに比べて80%ほどにしか低減できませんでした。リリース12では、多様な用途に対応するため1Mbpsに最大速度を抑えた端末カテゴリーを定義しました(Cat.0)。これでモデムの複雑性は40%にまで低減されましたが、まだIoT用途に完全に合致するには至っていません。そこで2016年に標準化作業が終わるリリース13では、一段とモデムの複雑性を引き下げた新しい端末カテゴリーを作成しました」

リリース13で標準化作業が進められているIoT向けの規格が、いわゆる「LTE-M」(3GPPではeMTC(Enhanced Machine Type Communications)と呼ぶ)と、「NB-IoT」ですリリース12までは、IoT向けでもLTEの20MHzの帯域幅を前提にしていましたが、LTE-MとNB-IoTでは通信速度を下げると同時に帯域幅も狭めています。NB-IoTのNBはNarrow Bandの略で、狭い帯域でのIoT向け通信を意味した名称なのです。

LTE-M技術に対応した端末カテゴリーとして3GPPではCat.M1を定義しており、1.4MHzの帯域幅で上り下りとも1Mbpsの通信速度を得られます。モデムの複雑性はCat.4に比べると20%まで引き下げることができます。

さらに方向性を明確にしたのがNB-IoTです。NB-IoT技術に対応した端末カテゴリーとしてCat.M2が定義される見込みで、帯域幅を200kHz以下まで絞り込み、通信速度も下り26kbps、上り62kbpsと低速に抑えました。「モデムの複雑性はCat.4の15%以下を実現することができ、モデムのコストは5米ドル以下を実現できると考えられています」(野地さん)。

電波の届きやすさと低消費電力を並立

NB-IoTはモデムの複雑性低下による端末コスト削減に加えて、IoTでの様々なユースケースに合わせられる電波の届きやすさ、電池による長時間の駆動を可能にする消費電力の少なさという要求もあります。

「NB-IoTでは、電波にブーストをかける技術や、信号を繰り返し送信する技術を採用します。これらによって、帯域幅を絞りこみながら、リンクバジェットと呼ぶ電波の届きやすさを改善しました。物かげや地下、遠距離でも通信が可能な範囲を広げることに成功しました」(野地さん)。数値で示すと通常のLTEよりも20dB程度の改善が考えられるといいます。一般的な電波伝搬モデルに従うとすると、距離で約4倍のカバレッジが確保できるという計算です。少なくとも、伝送距離や屋内への電波浸透などが通常のLTEよりも格段に伸びることは間違いないでしょう。

低消費電力の性能も目標のクリアがシミュレーションで確認されています。「リリース12で、パワーセービングモード(PSM)が導入されました。モバイル通信をする端末は、自分宛ての着信があるかどうかを定期的に確認するのですが、これが電力消費につながっています。センサーデバイスのようなIoT端末では頻繁に着信があるような状況は想定されないので、PSMではこの着信確認の間隔を長くすることで消費電力を抑えます。こうした低消費電力を実現する技術を組み合わせることで、2時間に1回のデータ通信をするIoT端末で、10年以上の電池の持ちを確認するシミュレーション結果が得られています」(野地さん)。

NB-IoTは、LTEの拡張でIoT時代に求められる無線通信の機能を実現する規格です。そのため、既存のLTEネットワークとの相性がいいことも、標準化や今後の普及の追い風になっています。NB-IoTは約200kHzという狭い帯域幅で通信を行います。専有する帯域幅が狭いため、既存のネットワークと併存しやすいのです。

▼LTEの拡張であり既存のLTEとの共存が容易な上、NB-IoTは狭帯域であることを活かしてさまざまな周波数の活用の仕方ができる
LTEの拡張であり既存のLTEとの共存が容易な上、NB-IoTは狭帯域であることを活かしてさまざまな周波数の活用の仕方ができる

NB-IoTの周波数の利用形態には、3つのタイプが考えられています。1つがLTEキャリア(搬送波)に埋め込む「インバンド」で、商用利用しているLTEの帯域内にNB-IoTの帯域を埋め込んでIoT向けの通信サービスを提供できます。2つ目が「スタンドアロン」で、LTEとは別のGSMなどのキャリアに埋め込んで使います。3つ目が、LTEキャリアの「ガードバンド」を利用する方法です。ガードバンドとは、1つキャリアと別のキャリアの間に干渉を防ぐために設けるすき間の周波数帯です。NB-IoTは周波数帯域が200kHz以下と狭いので、こうしたすき間で通信することも可能なのです。

標準化は2016年6月に確定の予定

NB-IoTは、すでに説明したように3GPPがリリース13で議論を進めています。実は、リリース13の議論は2016年3月で基本的に終わって「フリーズ」した状態になっています。しかし、IoT関連の議論はリリース13の他の内容よりも後発で始まったこともあり、まだ議論が収束していません。野地さんは、「2016年6月の段階で、NB-IoTも含めてリリース13の全体がフリーズすると見ています」と状況を説明します。

▼3GPPのリリース13におけるLTE-MとNB-IoTの標準化フリーズのタイムテーブル
3GPPのリリース13におけるLTE-MとNB-IoTの標準化フリーズのタイムテーブル

リリース13では、LTE-M(eMTC)とNB-IoTという2種類のIoT向け通信の技術に対応した規格が標準化されます。いずれも低消費電力を実現できる規格です。これらの2種類はどのような使い分けが考えられるでしょうか。野地さんは、「コストとスピードのトレードオフになると考えています」と状況を読み解きます。NB-IoTでは、LPWAに対応し低コストで端末を提供できる代わりにスピードを犠牲にしています。「数十kbpsという極端に低いスループットなので、用途は限られます。2016年2月のMobile World Congress 2016(MWC)でノキアなどがデモを行った自転車の追跡など、モノのトラッキング用途ならば十分に対応できるでしょう」(野地さん)。

一方で、もう少し通信速度を求めたり、データ容量が多かったりする用途では、上り下りともに1Mbpsの通信速度が得られるLTE-M(eMTC)が適していると指摘します。「ただし、それならば高速なLTE-Mがすべてに適しているかというと、それは違うでしょう。すべてのモノをつなぐというコンセプトを考えると、コストの要件は一番大きく効いてくるため、スピードを求めない用途ではNB-IoTが利用されると思います」(野地さん)。ノキアでは、双方の機能を基地局に実装するように開発を進めているとのことで、実際にはユースケースに合わせて柔軟に方式を選択できるインフラを構築することができると見られます。

LTEと相性が良いことも、NB-IoTの実用化に向けたポイントになりそうです。「日本のようにLTEが広く普及している国では、LTEの周波数帯の中やガードバンドを使って提供できるNB-IoTのメリットが生きてきます。LTEと互換性のない他のIoT向けの無線通信方式を導入すると、新しくインフラを整備しなければなりませんが、LTEと親和性が高いNB-IoTでは既存のインフラを活用してIoT向けのサービスが提供できます」(野地さん)。

さまざまなIoTの用途に対応できるコアネットワーク

IoTに向けた無線通信の新しい方式が実用化に向かうとき、モバイル通信ネットワークを支えるコアネットワークにはどのような変化が求められているでしょうか。ノキアの柳橋達也さんはこう語ります。「IoTへのコアネットワーク側の対応はほとんど従来の技術でカバーできると考えられますが、より小容量でかつ送信頻度の低いデータを効率的に扱うために、3GPPではNB-IoTやLTE-Mの標準化とともに、IoTに最適化するためコアネットワークのアーキテクチャの一部に改良を加える検討をしています。一方、IoTではさまざまな要求条件の異なるユースケースが考えられます。そうした複数のユースケースに対して、効率化、最適化したネットワークサービスを1つのネットワークで提供するために、ネットワークスライシングという新しい概念が生まれています」。

▼コアネットワークを複数の独立した「スライス」でユースケースごとに提供する「ネットワークスライシング」の概念
コアネットワークを複数の独立した「スライス」でユースケースごとに提供する「ネットワークスライシング」の概念

IoT時代になると、自動車や各種のセンサー、ヘルスケアデバイス、スマートメーターなど、多様な端末がネットワークに接続し、ネットワークサービスを利用します。それぞれの端末は、低遅延であったり、低消費電力であったり、大容量通信が必要だったりと、ネットワークに要求する性能が大きく異なります。ネットワークスライシングは、文字通り1つのコアネットワークをリソースの側から薄くスライスして、用途ごとに向けた個別のネットワークとして提供する概念です。自動車向けのスライスでは低遅延の性能を確保し、センサー向けのスライスでは低消費電力で利用できる性能を提供するといったように、コアネットワークを輪切りにして独立したサービスを作るのです。

柳橋さんは「ネットワークスライシングの考え方は、多くの通信機器ベンダーや通信事業者が賛同しています。元々は5Gの議論の中で生まれてきた考え方ですが、IoTの普及を考えると5Gよりも前のNB-IoT、LTE-Mの実用化とともに対応が求められる可能性は高いでしょう」と説明します。

IoTへの対応を考えた場合のコアネットワークの変化は、ネットワークスライシングの導入にとどまりません。柳橋さんは、ノキアの取り組みとして「大量の端末の収容を可能にするためのコネクティビティ対策や、コアネットワークの情報のAPIによる解放を検討しています」と言います。

IoTでは、今までの10倍から100倍といった大量の端末がネットワークにつながります。これはコアネットワークに流れる制御のための信号も10倍から100倍になることを示し、ネットワークの負荷が非常に高くなってしまうのです。

この問題を解決するための1つのアイデアが、位置を確認する信号の最適化です。現在のコアネットワークは、それぞれの端末が「動く」ことを前提にして位置を確認するための信号をやり取りしています。携帯電話のための仕組みですから、端末は動くことが当然だったのです。一方、IoTの端末には「動かない」端末も多くあります。例えば各種のセンサー、スマートメーターなどは、基本的には位置が変わりません。そうした端末に対しては、位置を確認するための信号の頻度を減らすといった最適化をすることで、ネットワーク全体の信号の爆発を抑えることにつながるというわけです。

また、コアネットワークの装置が得た各種の情報を「Open API」によって上位のシステムに解放することも検討しています。個々の端末の情報を、APIを介してアナリティクスのシステムに提供することで、ビッグデータ分析が可能になるという考え方です。

▼「Open API」によるコアネットワークのデータ活用
「Open API」によるコアネットワークのデータ活用

「解析装置をコアネットワークに取り込むという考え方もあるでしょうが、ノキアではAPIを解放することで専用の高性能な解析装置からネットワークにフィードバックを得る方式を選びました。端末の状況をAPIから得たデータで解析して、移動しない端末と判断したら位置情報の確認頻度を下げるといったようなネットワークの動的な最適化も可能になります」(柳橋さん)。さらに、将来的にはモバイルネットワークの利用状況を統計的に分析した結果を価値として、通信事業者がマネタイズにつなげるという可能性も指摘します。

IoT時代のネットワークは、このようにコアネットワークも少しずつ姿を変えながら提供されていくと考えられています。柳橋さんは、ノキアが考えるIoT時代の将来的なネットワークとして「IoTプラットフォーム」という姿を示します。従来の通信事業者のネットワークは、ユースケースごとに垂直統合型の「サイロ型」ネットワークを構築してきたと言います。今後は、ユースケースごとに共通に持つような制御やデータ収集、SIMのアクティベーション、アプリ、デバイスなどの各種の管理といった機能をプラットフォームとして共通に提供する形に向かうという指摘です。

▼モバイルネットワークがIoTプラットフォームとして共通した機能を提供
モバイルネットワークがIoTプラットフォームとして共通した機能を提供

「IoTプラットフォームとして共通の機能を提供できるようになると、サイロ型のネットワークを複数提供している状況に比べて、コストやスケーラビリティのメリットが生まれます。さらにIoT時代の重要な機能としてセキュリティがあります。デバイスの認証はもちろん、IoT端末の通信の振る舞いを解析することで異常な動きを検出するソリューションが求められます。IoTプラットフォームではこれらのソリューションと連携し、検出されたデバイスやその管理者に警告を発したり、ネットワークから切り離したりする機能の提供が必要になります。ノキアにはIMPACTという名称のIoTプラットフォームがあり、各種機能の拡充を検討しています」(柳橋さん)。

NB-IoTは3GPPで6月に標準化が完了すると、早ければ2016年内にも対応製品が登場する見込みです。LTEネットワークがあれば、根本的な改修を必要とせずにIoT向けのネットワークサービスが提供できることになります。NB-IoTで実現できる10年以上の電池寿命があれば、IoT端末を組み込んだ製品の寿命が来るまでネットワークへの接続を確保し続けることも可能でしょう。さらにNB-IoTでは、長距離や建物の中、地下までも粘り強く通信を確保することができます。コアネットワークのIoTプラットフォーム化と併せて、NB-IoTはモノのインターネットに新しいユースケースを提供できる新しい通信技術として、普及が期待されているのです。

【関連情報】
Nokia demonstrates NB-IoT with Intel and Vodafone #MWC16(英語)

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岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。